書評:阿久津達也 (京都大学化学研究所 バイオインフォマティクスセンター)

私はバイオインフォマティクス(生命情報学)を研究しています。特にその数
理的側面を中心に研究しており証明なども行っていますが、私が主に扱うのは
文字列、木構造、グラフ構造などで多くの場合、高校数学+αで間に合ってし
まいます。でも、人工知能ブームの影響もあり、機械学習的な研究を行う必要
性も感じています。近年の機械学習では問題を行列計算に帰着することが多く、
高校数学では不十分で線形代数の知識が必要になります。でも学部時代を含め
て線形代数を真面目に勉強しなかった私には既存研究を正確に理解し発展させ
ることができず、真面目に勉強する必要性を感じていました。また、無謀にも
線形代数の正確な知識もないままに制御理論的研究も行っており、その面から
も必要性を感じていました。そう思っていた矢先に本書に出会いました。金谷
先生のご著書は何冊か読んだことがあり、わかりやすく、かつ、本質をとらえ
た説明をされていたので、本書も期待して読み始めました。

そして、期待以上に面白い本でした。私が和書に求めるのは「電車の中で、も
しくは、横になって読んでも概要がわかること」と「すべての詳細が書いてあ
り真面目に読めば応用可能な程度まで理解できること」の二つですが、本書は
それを高いレベルで満たしています。最初の(線形写像ではなく)ベクトル間
の写像で行列を定義するという箇所からして新鮮で、ほとんどすべての内容が
スペクトル分解と特異値分解で説明できるというのも私にとっては驚き、かつ、
痛快でした。少ない概念を用いるだけで多くのことが説明されており、かつ、
分解とランクの関係についても工学的な考察がなされていますので、何かに応
用できそうだと感じています。本職でない私が勧めるのも変ですが、人工知能
や機械学習を研究しようと考えている学生は是非とも読むべき本だと感じてい
ます。

本書は英文併記が多いのも特徴です。その有用性を実感するには至っていませ
んが、それとは別に完全英語版が用意されています。これは日本人学生より留
学生の方がずっと多い私のようなものにとってはとても有難いことで、早速、
学生にも読むことを勧めました。内容はもとより、英文執筆法でも定評の高い
金谷先生が書かれたものですので、論文執筆という観点からも大いに役立つも
のと思っています。