コンピュータを中心とする技術の進歩によって、自由に動きまわり自分で状況 を判断するロボットの夢が実現に近づいている。このためにロボットがカメラ から入力した画像を解析して対象物体の形状や運動、あるいはロボット自身の 運動を認識する技術がますます重要になっている。本書は画像データから外界 の3次元動的構造を計算する手法を体系的にまとめた教科書である。この問題 はこれまでに多くの研究者がさまざまな技術を開発してきた。しかし本書はそ のような技法の寄せ集めではなく、一貫した数学的体系として記述することを 試み、それに成功している。これが本書の最大の特徴である。
本書では古典的な射影幾何学に基づいた数学的体系としてマシンビジョンを捉 えている。しかし、本書を読むのに難しい射影幾何学の知識は必要ない。ベク トル、行列、固有値、固有ベクトル等の大学の教養課程で学ぶ数学の知識があ れば十分である。逆に、これら初等的な数学から画像解析という実例を通して、 相称変換、相反変換、極点、極線、共役点などの射影幾何学的概念を具体的に 学ぶことができる。さらにカメラキャリブレーションや自動走行車による道路 の3次元形状認識などの実例によっと、これらの幾何学的概念を直観的に把握 することができる。
本書の特徴の第2として、単に計算手法や原理的計算可能性を説明してすませ ているのではない点をあげよう。実際の画像は必ず誤差を伴っているが、本書 では誤差を含むデータに正しい計算手法を適用したとき、どの位の信頼性があ る結果が得られるかを理論的に評価している。誤差に対する信頼性は従来はシ ミュレーション例などによって経験的に評価されていたが、画像の数理的モデ ルに基づいて共分散行列を算出する本書の方法論は著者の開発したものである。 そして、これが曲線当てはめや運動解析の実例によって手際よく説明され、信 頼性の高い(``ロバスト''な)計算手法が示されている。
著者の群馬大学の金谷健一教授はこのような幾何学的な問題の数理的な取り扱 いにかけては世界の最先端にいる研究者である、本書は金谷教授がここ数年に オックスフォード大学(英国)、メリーランド大学(米国)、コペンハーゲン 大学(デンマーク)などの諸外国で行った研究も含めて自らの最新の研究成果 をまとめた労作である。各章末には多数の演習問題が用意され、しかも巻末に すべての問題の解答が詳細に解説されているのも本書の大きな特徴である。
画像やコンピュータビジョン、ロボットの研究者だけでなく、幾何学的な問題 の数理的取り扱い、計算の信頼性などの工学の基礎的問題に関心をもつ多くの 学生、研究者に本書を一読することを勧めたい。