拙著『食える数学』の中で数学IVの優れた教科書(参考書)として、金谷先生 の『これなら分かる応用数学教室―最小二乗法からウェーブレットまで』(共 立出版)を紹介させていただきました。金谷先生の数学の参考書はどれも明快 で読みやすく、数学者が読んでも得るところがあるものばかりです。その金谷 先生が、「英語」についての本をお書きになったのですから、これは注目しな いわけにはいきません。
英語に関しては、本当に膨大な数の学習書、自己啓発書が出版されていますが、 作文に関して具体的なサジェスチョンが書かれている本はあまりありません。 読むのはともかく、書く英語となると、著者に、かなりの力量が要求されるた めでしょう(読むと言っても、意味がわかるというレベルと、翻訳ができると いうようなレベルでは随分差がありますが)。実際、TOEICで900点を超えるよ うな人でも、英文を書くのはなかなか大変なようです。日本語ですら、きちん とした文章を書くのはなかなか難しいのですから、これは当然のことですが、 我々理工系の研究者は、何が何でも達意の英文を書かねばなりません。論文を 英語で書かねばならないからです。理工系の大学教員の英語の平均レベルは、 そう大したものではないことが多い(自分も含め)ですから、英語で論文を書 いたり発表したりすることの苦労は大変なものです。英文校正サービスを使え ばいいじゃないかと言われそうですが、そのためには、曲がりなりにも、意味 がわかるレベルの英文が書けなければなりません。そんなとき、本当に参考に なる本があれば、と思い、書店をさまよった経験を持つ研究者は結構多いので はないかと推測します。本書では、英語の読みに関しても書かれていますが、 ライティングについて学べる点が優れています。特に数学英語(そんな言葉は ありませんけれど)を学ぶのに適しているように感じました。
本書には、論文を書いていて迷ったり、気になりつつもつい放置してしまうよ うな問題について、的確な回答があります。例えば、
問:「〜の解」という場合の「の」に相当する前置詞は、solution to 〜と solution of 〜のどちらが正しいのでしょうか?
答:あらゆる前置詞が可能です。すなわち、solution to 〜、solution of 〜、 solution in、solution on、solution with 〜などすべて正解です。日本人に は、「前置詞は前の語句から決まる」という誤解がよくあります。しかし、 solutionが要求する前置詞などはありません。前置詞は後に来る語句から決ま るのが原則です。何かの課題または問題があって、考えられる対策や解決策が 別にある場合、それらを結びつけるには、toが適しています。(pp.167-169)
という「目ウロコ」な宣言の後に、例文を通した歯切れよい解説が続きます。
いや、こういうことで目から鱗が落ちるレベルでは英文を書くのは早いとおっ しゃる御仁もいそうですが、いやいや、まさにこのレベルで論文を書き、海外 の研究者と口頭やメールでやり取りをしなければならないのが多くの理工系研 究者の実情ではないかと思います。
本書を読むと、例えば数値解析(数値計算法)などについても、「英語で」学 ぶことができます。プロには常識でも学生にとっては一読の価値アリです。英 語を学ぶのではなく、英語で学ぶということの第一歩として本書は大変有効で す。
年間に出版される新刊は、英語に限っても大変な数だと思いますが、欲しい情 報が書かれている本は稀です。本書はそんな「稀」な一冊です。座右に置いて 参照するというよりも、実際に通読してみるべき一冊だと思います。
ブログhttp://kaminaga-weyl.blogspot.jp/2012/05/blog-post.html より