本書は,著者が岡山大学工学部情報工学科で専門英語の授業を担当することになった際に, 良い教材が見つからなかったために,著者自らが書き上げたものである.そのため, 著者の理数系技術英語教育に対する長年の思い入れが多く込められた,メッセージ性の高い, ユニークな書物となっている.また,上記のような経緯から,対象は理数系(特に情報系)の 学生および若手研究者が想定されている.
内容は大きく2つの部に分かれており,第I部は初学者(初めて英語で書かれた技 術英語に触れる者),第II部は中級者(読むだけでなく,書くことも必要な者) と対象が異なっている.それぞれの内容は独立しているので,自分のレベル(あ るいは状況)に合わせたところから読むことが可能である.
第I部は,大きく3つの段階に分けられており,第一段階の1章では英文中での数式 の扱い方(「数式も1つの文章である」という重要なメッセージ)を Latex とい う文書整形ツールの数式コマンドを取り上げて説明している.このユニークなア プローチは,Latex を使ったことがない者には敷居が高くなってしまうという難 点を持つが,使ったことがある者には既に持っている知識の再利用が出来ること を気付かせる,という意味で,上記の難点を上回る利点があると著者は考えたの ではないかと思う.そのような「知識の再利用」は Latex 以外のもの,例えばプ ログラミング言語などに対しても応用出来(プログラミング言語の多くは英語が 基盤言語だから),技術英語の学習法にこれまでにない多様性を与えていて,大 変面白いと思う.
第二段階の2章は,この手の本では定番の技術英語に欠かせない専門用語に関して だが,本書のユニークな点はすべての単語にアクセント記号が付けられているこ とで,著者が読み書きだけでなく,発音にも気を配っていることが伺える.また, 数学や物理ではなく情報系の専門用語が特に取り上げられている,という点も本 書の特色としてあげておきたい.
第I部の仕上げの第三段階は読解で,3章から5章までの3章がそれに当てられてお り,各章異なるトピックが取り上げられている.それらの内容および長さは学部 3,4年生でも辞書なしで読めるように配慮されており(著者が自ら本書のために 準備した!),さらに独習も可能なように巻末には全和訳と読解問題の解答が付 けられているという徹底ぶりである.この部分に関してだけでも,セミナーや学 生同志の勉強会など,本書の利用場面の広がりが容易に想像出来る.
さて,中級者向けの第II部はそれまでの第I部とは様相がだいぶ異なり,英語で論 文を書く際,多くの人(日本人だけでなく非英語圏の人は似たり寄ったり)が犯 す間違えや出会う疑問に対して,著者自身の長年の経験から蓄積された知識をも とにそれらへの解答,つまり対処のノウハウが披露されている.似たようなルー ルは英語の文法書に見つけることが出来るかもしれないが,技術英語に特化して いる本書のほうが分かりやすく,しかも例文や練習問題(もちろん解答付き)も 豊富なので,当然のことながら本書を使用したほうが学習効率が良い.
本書は,私が学生のときにあったら良かったのに,と思わせる1冊であり,また今 からでも購入したい(自分の英語の更なる brush up と,後継教育のため)と思 わせる1冊でもある.英語学習に早道はない(上達度は学習時間に比例する)とい うが,効率の良い学習法は存在する.そんな学習法を探している人には,ぜひ本 書を手元に置くことをお勧めしたい.もちろん,本当の上達は実際に繰り返し論 文を書くことでしか達成出来ないことは言うまでもないことだが...