本書「幾何学と代数系」は、金谷健一先生による、「幾何学的代数」 (geometric algebra)を紹介する本である。簡単な代数系から紹介されており、 順に読み進めれば、理解できるように構成されている。代数系の紹介は概ね 「考え方」に始まり「元の表現方法」と「演算子と演算規則」が与えられ、進 んでいく。そして「実は ができる」と種明かし(といってよいか)が与え られる。したがって、数式を多少飛ばして読んでも、「考え方は何か、何がで きるか」は十分理解できるようになっている。
ベクトルの導入は、まず「自由ベクトル」と「方向ベクトル」と「位置ベクト ル」を個別に述べ、ベクトル解析(vector calculus)ではこれらを区別しないこ とと、「これらをそれぞれ異なる幾何学的対象とみなす別の取り扱い方」があ ることがはっきり述べられている。さらに、座標系、基底…と必要は話は、全て 丁寧に導入されていく。他の章も同様であり、初学者が独習するのに大変適し ている(詳しくは、本谷秀堅先生の書評を読まれたい)。『「代数系」とはど のようなもので、「幾何学」とどのように関わるのか、その感覚を身につけら れる点で、とても重宝な本である。』とのこと、まったくその通りである。
計量テンソルは、第3章以外あまり出てこないが、計量テンソルについての説明 も丁寧である。どの章にも、理念、想いが込められて書かれていることがよく わかる。私自身、理解が曖昧であった部分が明らかになった。
著者は『随所に「古典の世界」というコラムを挿入して,現代数学との対比や 関連を述べている.同時に,位相幾何学,射影幾何学,連続群の表現論などの さまざまな現代数学のいろいろな側面も学べるように配慮している.』と述べ ているが、古典の世界のコラムは、とても興味深く、面白い。2つの異なる視点 での世界が、よく似てつながっていることが簡潔、明快にわかるようになって いる。どちらも扱っている空間、事象は同じながら、手法が異なる。その点を うまくつなげてくれている。
私が読んでいて、興味深いと思ったところをいくつか紹介しておきたい。1つ目 は、pp. 98--102である。グラスマン代数系では外積を、ハミルトン代数系では 四元数積を定義する。クリフォード代数では、幾何学積(あるいはクリフォー ド積)を定義する。すると、ハミルトン代数系もグラスマン代数系もその一部 であることが示せるのである。しばらくして、「すべての幾何学積を縮約と外 積とで表すことができる」ことまで示されていく。2つ目は、同次空間と共形空 間のところである。次元を増やすとややこしくなるかと思いきや、4次元空間に 外積を導入すると、点・直線・平面同士の交差・結合が簡単に表現できること が示されていく。「古典の世界8.2【1点コンパクト化】」ではリーマン球面に 触れられており、アナロジーが興味深い。3つ目は、第9章 カメラの幾何学と共 形変換である。通常のカメラや、魚眼レンズを用いたカメラの問題に、第8章で の「反転」があらわれているとのことである。"RICOH THETA" というデバイス がある。魚眼レンズを用いた全方位(全天球)カメラであり、「生」の画像を 自動で加工し、動かして見られるようにもしてくれるようである。幾何学的代 数の応用は意外と身近にあるのではないか。
私は、とある中高一貫校の数学教員をしている。現在、代数を教えており、 「代数と幾何の違いは何か」と聞かれることがあり、答えに困ったことがある。 実は密接につながっていることを上手に伝えたいとは思っていた。そんな折に 「幾何学と代数系」が出版されるという話を聞き、読ませて頂いた。大変残念 なことに、一般向けの書ではあるが、普通の中高校生が4章以降を理解すること は難しそうであった。金谷先生から「ある程度の線形代数の素養が必要と思い ます」と聞いていたが、その通りであった。しかし、高校卒業後、いつか読ん でみてほしい本として、是非紹介したいと思っている。