尺長 健 (NTTヒューマンインターフェース研究所), 画像処理, Vol. 32, No. 3, 1991

本書は、著者のこれまでの研究を中心としたコンピュータビジョンの数理的ア プローチに関する解説であるとともに良き入門書である。コンピュータビジョ ンに関してはこれまでにいくつかの教科書が出されている。しかし、これら多 くは技術を網羅的に記述しようとする意図から諸技術の寄せ集めとして記述す るに留まり、この分野に関する百科辞典としては機能しても、全体としては物 足りなさが残るという印象を払えなかった。これに対し、本書では副題にもあ るように3次元世界を対象とした画像理解問題の数理を一貫した形の記述であ り、初学者のみらならず専門家にとっても一読すべき内容である。本書はコン ピュータビジョンに関して決して標準的な教科書ではない。画像処理に関する 記述がないし、また、光学を意識したものでもない。また、透視変換に関する 問題がすべてこの本で網羅されている訳でもない。しかし、まさに、1980年代 後半のこの分野を世界的にリードしてきた著者ならではの一貫性をもった好書 である。1990年代の研究者・専門家をめざす人にとっては必読の書と言えよう。

本書は各テーマを絞った5章と全体に関する解説および演習問題解答とからな る。それぞれについて簡単に評しておく。第1章から第3章の議論は透視変換 の射影幾何学に関する良い教科書と言える。第1章では画像の生成過程を支配 する透視変換を射影幾何学に観点から整理し、次章以下の準備としている。具 体的には、相称変換・相反変換・極線・コニックなどの射影幾何学の概念が導 出される。また、従来の画像理解で用いられてきた消失点・消失線・ハフ変換 の概念がこの枠組の中で捉えられている。さらに、カメラの焦点距離推定など を例に画像処理にとって避けることができない問題である誤差の対処法を具体 的に示してあるのが良い。第2章では、物体の3次元並進運動からの3次元形 状の復元を論じている。また、物体を静止されてカメラを並進運動させた場合 としてステレオ視の問題を捉え、エピ極線・エピ極点などの概念を射影幾何学 の立場から論じている。第3章では、レンズの中心を固定したカメラの3次元 回転を取り扱っている。このような回転により、本質的には何も新しい情報は 得られないが、特定のカメラの光軸や画像面に対して解析が簡単になることが ある。例としては直交頂点の解釈が取り上げられている。一方、カメラ回転に よる画像の変換は3次元回転群と同型であることが示され、これをもとに画像 の変化からカメラ回転を推定する方法が論じられている。また、カメラ回転に 対する不変特徴量の概念を導入し、具体的として不変面積・不変重心・不変主 軸を論じている。

第4章・第5章は最近の(全部ではないが)動画像解析の研究に関する非常に 良い解説になっている。第4章では、並進と回転を含む一般の3次元剛体運動 を取り扱っている。まず、物体が平面である場合についてはカメラの移動にと もなう画像面の変換を介した定式化が行われており、この変換が既知の場合の 面のパラメータおよび運動パラメータの推定法と、2枚の画像間での4組以上 の点(あるいは直線)の対応付けからの変換推定アルゴリズムが示されている。 次に、一般の3次元剛体運動が取り扱われている。これは従来から広く論じら れてきた問題であるが、誤差の取り扱いを考慮したアルゴリズムはごく最近の 成果であり、著者による数理を含めて貴重である。第5章では、オプティカル フローの解析を取り扱っている。この章は第4章と対をなすように構成されて おり、平面オプティカルフローの解析と一般オブティカルフローの解析とから なる。平面オプティカルフローでは変換速度行列を介した定式化が行われ、こ れを求めるアルゴリズムとこれから運動パラメータを求めるアルゴリズムが示 されている。一方、一般オプティカルフローに対する記述は他の部分に比べる とやや舌足らずとも思えるが、問題の性質上やむを得ないのかも知れない。

第5章の後にある解説は著者自身による本書に対する評であり、著者独自のコ ンピュータビジョンに対する哲学が感じられ興味深い。各章末には演習問題が 数多く付されてあり、本文中では直接議論されていない関連問題が多く取り扱 われている。各問題に対しては巻末に解答が付されているので、コンピュータ ビジョンの数理的アプローチに関する自習書あるいは教科書としての使用に適 していると思われる。さらに、見方を変えると、本書をテンソル解析の幅読本 として利用することもできる。すなわち、著者がまえがきで述べているように、 コンピュータビジョンを例題としてテンソル解析を要領よく学ぶのにこの演習 問題は適している。その意味で、数学・物理・情報系の学生にも広く薦められ る好書である。