高木隆司 (東京農工大学工学部), 形の科学会誌, Vol. 13, No. 1, 1996

形の科学は、幾何学にかなりの程度依存している。ユークリッド幾何学が確立 した古代ギリシャ以来、幾何学は自然科学、特に物の形状を問題にする分野で、 科学の王様という地位を保ってきた。近代になって、17世紀の前半に活躍し たフランスのルネ・デカルトが、座標という概念を提唱してから、幾何学の幅 がおおきく広がった。位置座標、すなわち数値の組み合わせによって、図形を 表現することが可能になったからである。中学校や高等学校で習う数学のかな りの部分は、図形を数式で表現する技術である。

デカルトの方法は、コンピューターよる図形処理にマッチしている。コンピュー ターは図形そのものを直接把握するのではなく、数値の集合を記憶し処理する からである。しかしながら、図形処理をコンピューターにやらせるには、数値 を正しく処理する方法を入力しておかねばならない。その際に、図形を処理す るための、基礎的な数学技術が必要になるのである。ここで取り上げた書物は、 まさにこの数学技術全般をコンパクトにまとめたものである。著者の金谷健一 氏は、形の科学の会員であり、情報科学、とくに図形認識の基礎分野で永年活 躍してきた。その幅広い知識が盛りこまれている。

表題にあるCADとはComputer-Aided Design (計算機をもちいた設計)の略称 であるが、本書はCADの使い方を説明しているわけではない。CADのソフ トウェアを開発するための基礎的数学をもりこんであるという意味に解釈すべ きであろう。

本書は、下記の章からなっている。

  1. 平面幾何学 (ベクトルの定義、直線や曲線の表現、曲率の計算法)
  2. 空間幾何学 (3次元ベクトル、直線、平面、空間曲線の表現)
  3. 曲面の幾何学 (曲面の表現法、法線や接線、曲面の曲率の計算法)
  4. 投影の幾何学 (点、直線、曲面の投影によって生じる図形)
  5. 射影幾何学 (射影 (投影の一般化) に関する一般論)
本書のレベルは、大学の基礎課程で習う数学を理解していれば(あるいは、理 解したつもりであれば)、読みこなすことができる。理解していなくても、結 果だけ利用したいなら問題ないであろう。

本書は、図形を数式で扱う際に、座右の書になるであろう。私自身の場合では、 数値データで与えられた3次元濃度分布について、等濃度面の平均曲率やガウ ス曲率を計算する必要があって、そのとき本書を参照した。本書のように、数 学的な証明の部分はなるべく省略して、基本的な考え方と重要な事項だけを述 べていくスタイルは、勉強する時間がなかなかとれない読者にとっては非常に ありがたい。その意味でも、本書の刊行は大変喜ばしいことである。